カッコのいい男だった

カッコのいい男だった。だが、結婚してみるとまったく子供のままのような自分本位な男で、共同生活を発展させてゆく基盤がなく、数年で離婚。その後彼女は自分自身を知る努力を重ね、自分にふさわしい相手と信じられる男と出会い、再婚した。「いまの相手とは人生を創り出していけるの。とっても幸せよ。これが結婚なんだって思うのね。前の結婚の時は、二人で生きることの実感もなかったし、相手は結婚の何かもわかっていなかったし、ほんとにひどいものだったわ。結婚、結婚って追い立てられると、結婚と結婚するみたいな誤りを犯す人が多いのね。その点いまはそういうプレッシャーがあんまりないから、若い人たちもゆっくり自分の生き方が考えられて、幸せだと思うわ。

女の子たちは学校で競う

この十年間の女性意識の大変化。ほんの十年程度前までは、よほど解放された女以外は、遅くとも20代の半ばまでに結婚できなければとても恥ずかしく体裁が悪かった。結列車の運転にも工場のオベレーションにも多くの女たちが進出、大活躍をしたのだが、男たちが戦地から帰るや女たちの手からそうした仕事はほとんどすべて取り上げられ、平時体制の家庭へと追い返された。女の子たちは学校で競うスポーツすら禁じられ、パトリシアのいうように王子さまが迎えに来るファシタシーだけをふくらませて育ったのである。私たち日本人は欧米はすべての面で進んでおり昔から平等だったような感じを持っているけれども、アメリカの女に対する差別は驚くほど強く、いまでこそ女医や女歯科医が結構いるものの、ほんのしばらく前までは女医は稀有、歯科医は皆無だった。それゆえ、「私が日本でかかっていた歯科医は六歳を越しているのに、ものすごい美人でね」と話した時には日本にはそんな昔から女の歯医者がいたのかと、とてもびっくりされた。

結婚へ向けて

それどころか、私が中学からバスケットボールをやっていたといったことさえが、驚きの対象になった。女は従順が大切、競争心を持ってはいけないとの理由から、競い合うスポーツは一切できなかったのだという。すべてが社会人 出会いがない で結婚へ向けて構成されていたのである。それゆえ、結婚せずに生きていきたい女たちの中には、神との結婚の道を選び修道女(といってもほとんどはあの黒い服をつけて教会に住む女ではなく、平服でふつうの暮らしをし、地域の問題などに取り組む)になった女も少なくない。ナンにはフェミニストが多いといわれるのもそうした理由によっている。とにかくそうすべきだ。