私は、そうした輩に出会うと、必ず、「ヒトの意見を聞いているんじゃあないの、あなたの意見をいいなさい」とまずクギを刺す。口論になると、過去の間違いや誤りをしつこくほじくり出す執念深い人がいるが、前章に記した暴力男の再生グループ・ネバー・モア。教育していたのもこの点だった。こういうこともあったといった話は一切しないように」カウンセラーが妻たちに特に教えるつもりはない。「ケンカはしてもいい、でもそれは現時点に限ること。過去にああいうこともあった、暴力男でなくとも、過去の出来事を度々ほじくり返されたら、チキショー、ウルセエ!てなことにもなりかねない。私がそっちの側だったら、やっぱり茶碗の一つも投げつけたくなる。アメリカではクイズ番組などに登場する人が、妻や娘、夫や息子を紹介する時、必ず、美しい、すばらしい、愛らしいといった形容調をつける。それは日常的にもよくあることで、聞く方も彼なり彼女なりが、つれあいや子供を誇りにしていると感じとることができる。ところが、日本社会では、妻につける形容詞は、「ウチの愚妻です」となる。誉め、大好きで、TV局にいた頃は、フォトグラファーがいい画を撮ってくれれば踊り上って、日本一なんて叫んだりしていた。その証拠に、夫の形容詞に愚なんてない。それぐらいだから、日本人は妻を賞賛する言葉を人前ではもちろん、本人に対しても使おうとしない。これも、日本男の誤った恥の思想と口に出していわなくてもわかるという甘ったれ意識に起因している面もあるけれど、やはり根は二人の関係を主従とみる封建思想にある。それゆえ、「そんなみっともないこといえるかよ」なんてことになるわけだ。そもそも日本人は一般的にいって誉めるよりけなす方が好きで、接待や上司へのお世辞以外あまり誉め言葉を持ち合わせていないように思う。私はさんざん怒鳴られて育ったためか、とにも角にも誉めあって何かをする関係が大好なんて叫んだりしていた。それゆえアメリカに来て困ることはないのだけれど、ここの人の誉め方はさらにすごくて、時にはいわれた私がオヨヨとよろめくようなことさえある。たとえばパブリックのゴルフ場で一緒に廻ることになった人が、「すばらしいフォームだ!いいボールだねえ!日本の女性はみんなアヤコなのか?」などというのである。誉め言葉が好きでない人には、キザな、歯が浮くといわれそうだが、ここの人はお世辞というよりこれもゲーム、言葉遊びと楽しんでいる節がある。