日本の保助看法、「保健婦、助産婦及び看護婦法」を略してそういうのですが、そのなかに看護婦の業務というのは療養上の世話と診療の補助行為と定義しています。療養というのは病気治療ですから基本的に医者がかかわってくる。さらに診療は医者の行為ですから、看護婦は医師の診療の補助ということになります。結果的には看護婦さんはお医者さんのアシスタントとなるということです。つまり看護の仕事は法律的に医療行為の一部なのです。一方の介護は必ずしも医療行為の一部ではなく、医療行為から独立したところにあるのが本来の介護サービスで、むしろ医療行為に従属した介護は慢性の成人病をかかえた要介護の特殊な場合ということです。一九世紀の中頃、黒海の半島でのクリミア戦争に従軍看護婦を率いて戦火のまっただなかで傷病兵の看護にあたって、クリミアの天使といわれた、あのナイチンゲールの時代には、もちろん医療行為の一部なんて、そんな狭い制約はなかったわけで、看護婦の仕事はまさに介護であり、看護であり、福祉行為そのものでした。血だらけで死んでいく兵士の手を握って話しかけてあげることも、これもりっぱな看護の仕事だったわけです。それが歴史の皮肉というか、医学の進歩のなかで看護も医療の一環として専門分化を遂げ、看護学としても独立し、その一方で忘れてきたもの、落としてきたものもあって、それが福祉的な介護の部分だったのだと思います。その落としてきたものが時代の要請で再び注目されてきた。介護は本質的には看護のなかにも含まれますが、現状では看護の分野とは近いようで、遠い存在でもあるのです。本質的には看護と福祉的介護は重複部分が大きいとはいえ、先に述べてきたことを認めて看護と介護をかつてのように一つのおなじボタンとしてではなく、相異なる二つのボタンとして扱い、そして法律上も手を打ったのは日本とドイツだけだったということです。その他の先進国もそれがわかり始めているようです。オランダ、フランス、そしてイギリスでも介護サービスの専門職化をなにかと検討しているようですし、さらにスウェーデンもホ1ムヘルパlの研修を当面の課題に、検討をし始めた。おそらく研修の強化はやがて専門性の追求、専門職の確立へということに必ずなってくると思います。むろん看護婦さんに、介護教育と実践を通じて、介護の専門家になってもらうのもきわめて現実的な方法ですが、しかしその場合にしても無理をして病院から下りてきて介護をやってあげるというのではない。