平等の関係を保って生きていくためには、助け合っても寄りかかってはいけない。一方にのみ負担がかかる生活は寄生的であり、それを改善しなかったらいい関係は創り出せない。そう信じている私はこの点にはとても敏感だった。別人のようだとさえいわれる。はじめから女の人格を認めず、女は女らしくとか、女は家の中のことさえしていればいいといった封建頭の男を変えることは不可能だが、女も同じ人間であり共に成長しあいながら生きてゆきたいと考える男であれば、たとえそれまでの生活がそうしたあり方と違っていたとしても変身の可能性はある。その成否の大きな部分は、あなたの熱意と信念にかかっている。政治観・宗教観に大きな差があると話合いは平行線。こうした基本的な意思の疎通に加え、日常のコミュニケーションもとても大切だ。生活はこまごました毎日の積み重ねなのだから。そのためには、やはり興味や嗜好が似ている方が話題に共通性が持てるし、話も発展させやすい。たとえば一方は仕事の話しかせず、一方は近所の住人の人間関係ばかりにしか興味がなかったら、話をしても互いに楽しかろうはずはなく、次第に話すことさえうとましくなってくる。そうした夫婦は日本にはそこいらじゅうにいるし、もちろんアメリカにも少なからずいる。その点共働きだと、職種は違っても仕事の内容や人間関係がある程度理解でき、話が話になる。私と相棒は別の職種。出会った頃は彼はビジネスマン、私はTVディレクター、いま彼は経済学者、私はジャーナリスト。だが、互いの仕事のこともよく話し合うし、食べ物のことから休日の過ごし方、地元のプロ野球やプロ・バスケットボールチームの動向、友人、知人のこと、新聞や雑誌のニュースにあった興味深い出来事、政府の政策や福祉のあり方、教育に関して話したりもする。一方が興味や関心を持ったことに対しては、一方もできるだけの興味や関心を示し、相手が喜びそうなニュースがあれば提供するようにしていれば話題も広がるし、知識も増える。私たちは政治的にも宗教的(無神論)にも似ているため、政府や企業の女性や人種差別政策などに対し一緒に憤り、進化論を学校で教えるのに反対する親たちを見れば共にあきれ返る。政治観や宗教観は日常生活に深く関係するため、そこに差があると、多くの判断に差が生まれ、話合いは平行線になる。私の友人の妹がつい最近離婚したが、その理由は政治的思想の不一致だった。