深呼吸して、ゆっくり聞く態度も幹を見つめるのに役立つはずだ。よく考えて、言葉を発していますか?私は前章にも記したように言葉で傷ついた経験をいろいろ持っているためか、言葉についてはとても神経質なのだが、オメデタイことにはつい十数年前まで誰でもが同じように言葉に注意を払っているとばかり思っていた。ところが友人の中に相手の立場も考えず、思ったことをボンボンいう人がいるのに気付がき、もしかしたら彼女は、考えることなく話しているのではないかと樗然としたことがある。それまでは、誰かが私の考え方や生き方、仕事や好み、言動、ボーイフレンドなどに批判的だ。私をドッキリさせた。スパゲティを作ろうという段になった時、私が相棒に、どのくらい船で批判的な、または誹観的な発言をすれば、私は、その人は考えた上で、意図的に言葉を選んで私に投げかけているのだと思っていた。だが彼女の不思考発言を何度か目の当りにして、私は、多くの人が考えることなく言葉を思い付くままにはくのだと悟ったのである。しかし、それではいい関係は作れない。考えずに発言すれば、相手を傷つけることもあるし、相手と他の人との人間関係についての発言では、その関係に水をさすことだってある。特に親しい間柄だと遠慮がなくなり、何をいってもかまわないような気分になりやすく、いわずもがなの発言をしかねない。それは配偶者や恋人のみならず親しい友人関係でも同じだ。事情に首をつっこみたがる。ついこの間も、東京からやって来た親しい女友達が、親しいがゆえに発した一言が私をドッキリさせた。聞いたのだが、彼女は少しあきれた表情で、「そんなことまで彼に聞くの?」といったのである。私は、別に彼女に悪気があるわけではないのだからと腹も立てず、彼はスパゲティが大好きでしょっちゅう作っているから私より分量が確かなのだと回答した。でもこれが姑と嫁、小姑と嫁だったりしたら、ギクシャクの種になりかねない。どうせ聞くならどうして、Tちゃんはそんなことまで詳しいの?すごといえないのだろう。それにそもそも、これは私と彼だけの問題であって、彼女には何の関係もないはずのこと。私はそうした立場の不認識がとても嫌いで、相談されない限り、ヨソの人の関係に首をつっこまない。マイ・ビジネスとユア・ビジネスを区分できないと、土足人間になると思っているからだ。日本はもたれ合いの社会ゆえ、ヒトと自分との境界線がはっきりせずにね。